昭和52年11月26日 式年祭
今朝のご祈念に、今日の霊祭のことを神様にお届けさせて頂いておりましたら、例えて言うなら、まあ宮崎から合楽までというところでもないでしょうけれども、ずうっとあの遠い遠い道のりのところへ、あの曲がり角曲がり角に、この矢印が立っておる所を頂きましたが。道を間違えないように。そしてちょうどこの合楽の前に来た時に、矢印がずうっとこの下の方へこの向かって、まあいかっていくというんでしょうかね。と言うようなお知らせを頂いてから。
御霊様が本当の意味で助かられる場ができられた。それは同じお道の信心をさせて頂いておっても、ここの教会ではおかげを受けられなかったが、どこの教会ではおかげを受けられたと言うのと同じで、現在の仏教の魂が、助かる手立てと言う様なものがあろうとも思われませんし、ならお道の信心、金光様のご信心によって改式をしておるから、信者だったからと言うて、助かるとは限らない。
案外、例えば同じ難儀な問題でも、ここの教会ではおかげ頂けなかったけれども、例えば合楽に来て、改めておかげを受けるという方達があるのと同じように、御霊もそういう意味で、長い間20年間ですかね。式年のまあ助からなければならない。また助かりたいと、そして、様々に心を使うて来て、そして結局その矢印をつとうて、ようやく合楽に縁を頂いて、合楽の私しの祈りの言うなら圏内で、これから魂の清まりのための修行が、言うなら御霊の位も一段一段と高めて行けられるだろう働きを覚えて、おかげを頂いていくことだろうと思います。
先日一昨日だったでしょうか。秋永先生のところの奥さんのお母さんの霊祭がありましたが、ほんとに生前おかげを頂いて、自分でお徳を頂いていく力を受けて行く術を知っておる御霊は別ですけれども、そういうことも何も分からずに魂の世界に入っておる。魂がもう実に惨めなものであって、それをその道付けをしてやると言うことが、遺族の者の信心だということを頂きましたが、こうしてみなさんのご主人の御霊、またはお父さんの御霊を子供達がこうして真心一杯で奉仕唱させて頂き、しかも合楽教会でそれを成されたというところに、大変こう意義を感じます。
これからも愈々信心の奥雅、奥雅へと深く深く入っていくおかげを頂く事であろう。目に見えない所を大事にするのが信心だと言われる。言うならば目には見えないけれども、心を大事にすると言う事が信心。目には見えないけれども、家の根である所のご先祖を大事にするのが信心。しかもそれを真心を持って奉仕させて貰うと言う所に、御霊そして現世にある所の私し達も助かっていく事が出来る。
是非後で私しがその先日の月次祭に、そのへんのところの御霊の助かりの手掛かりと言ったようなことを、まああたくしがもうそれこそその日の霊祭を仕えて、興奮がまだ冷めやらない間にもう月次祭でしたから、その興奮をそのままお話にしておりますから、後からぜひビデオに撮っておりますから聞いて頂きたいと思います。今日の御霊、言うならばもう20年間の間に、やはりだからひとつの無駄ではない。まあほんとの方へほんとの方へとこう矢印に導かれて、合楽に到着した。
そして合楽からは、これからはより深く深く信心の奥雅へ魂を、いよいよ一段と有り難い御霊、安心の御霊、喜びの御霊としての精進をなされることだろうと思います。不行届きながら、あたくしが今日祭主をさせてもらって、只今滞りなしに終わらせて頂きましたが、これからは遺族の者のいよいよ信心いかんによって、また、魂の助かりも、また、助かりよい手立てをあたくしどもが作ってやらなきゃならない。
先日のお夢の中に、例えばここで、この部屋でおかげを頂いて5年なら5年の式念祭があった時には、遺族の者がふすまを開けてやると、次の部屋に入って行く又5年祭の式年が終わったら又次の部屋に入って行く、そのふすまを開けてやる言わば役目をするのが、遺族の役目だとこう言われる、頂きました。ですからこれはもう限りなく魂の世界。という限りなく言うならば、信心の奥がへ、次の部屋へ次の部屋と進んでいく手立てをあたくしどもがこうじてやらなきゃならんわけですよね。
どうぞ。おかげを頂きました。